--はじめに、VICEとVICE JAPANの自己紹介をお願いします。
VICEは、1994年にカナダはトロントで生まれたフリーマガジン「VICE MAGAZINE」から始まり、現在では世界35都市に支部を持ち、雑誌、デジタル、映像、イベントなど、多岐にわたる伝達手段によって世界の人々に発信するグローバルメディアです。この日本支部にわたるVICE JAPANは2012年12月にリローンチを迎え、主に、
VICE.com、
YouTubeチャンネル「VICE JAPAN」をプラットフォームとして、映像や記事の配信などを行なっております。
--今回の展覧会のコンセプトや見所などを教えてください。
今回の展覧会は、昨年11月に限定発刊した「VICE MAGAZINE」日本版に端を発するものです。弊誌では毎年「フォトイシュー」(写真特集号)を発刊しており、この「フォトイシュー」は、その年に世界で活躍した写真家、あるいはかつて伝説的な活躍を成した写真家にコントリビューターとして参加して頂き、毎回決められた特集テーマに従って自由奔放に寄稿作品を手掛けて頂くものです。
今回は特集テーマに「アーティスト・コラボレーション」を掲げ、様々なジャンルで活躍されるアーティストの皆様とVICEと親和性のある写真家にコラボレーション作品を手掛けて頂きました。アメリカ版から1/3のコンテンツを採用したのち、さらに日本から16名、中国から2名を新たに参加してもらい、結果として日本オリジナルページが全体の半分以上を占める号が出来上がりました。
本来、雑誌というのは毎月、あるいは季節ごとに新たな号が発刊されるものです。決められた月に生まれ落ちる1冊の雑誌は、翌月には忘れられてしまう。言ってみれば、ひと月の限られた寿命があるからこそ叶う、「遊び心の舞台」でもあると思います。ですから参加作家の皆さんには、いつもはなかなか出来ないような軽快なアイデアを出し合ってもらい、なによりも作り手に最も楽しんでもらいながら、2人のアーティストが交わることで生まれる創造力を、〝+〟を超えて〝×〟になるまでとことん昇華してもらいました。
-- 展覧会を創り上げる際、苦労した点やここだけの話などありますか?
先述の通り、まず雑誌ありきで動いた企画でしたが、企画が固まる前の段階でこの展覧会開催も決定したため、雑誌という平面の世界だけを考えるだけでは済まなかった点です。立体的な展覧会に落とし込まれても堪能頂けるような世界観作りが必要です。その点において、編集者の私が道標をあきらかにしながら、寄稿作家の皆さんを導いていく必要がありました。
また「コラボレーション」というテーマがもたらしたのは、当然のことながら「1つひとつの作品に2人のアーティストが関わること」でした。本来、アーティストというのは自らの意思や感情を最大限のエネルギーで発信する「1人メディア」のような方々だと私は思います。そうした方々に、今回限りの共同制作を依頼するのは容易いことではありません。そこには、なぜ2人が一緒に作る必要があるのか?という、共に制作する動機が求められます。ですから、2人が出会うきっかけ作りから、1つひとつを丁寧に重ね上げていきました。
雑誌という〝箱〟、そして展覧会という〝箱〟。この2つを同時にイメージしながら、アーティスト×アーティストという〝料理〟をどう収めれば、最も美味しく味わってもらえるのか? 今振り返ると、これが本展を実現する上で最も考えさせられたことでした。
--VICE PHOTO ISSUEについてお聞かせください。発刊の経緯やこの特集で伝えたいメッセージ、作家選定やコラボの組み合わせをどのように決めたのでしょうか?
2012年のVICE JAPANリローンチの時は、あくまでデジタルメディアとしての再スタートでした。これは昨今の紙媒体の衰退を避けて通ることができない理由からのものです。そうしたなかで、YouTubeチャンネルを主な発表の場として、映像のスタイルで発信をしてきました。この反響は、かつて雑誌だった頃のVICE JAPANとは比べものにならないほど、明らかに短期間で、そして明らかに大きな規模で得られたと思います。それでも、私たちのスタートラインには依然として、雑誌としての「VICE」があるのです。
VICEは創設から今に至るまで「無料(フリー)」というスタイルに拘ってきました。これはもちろんデジタルに親和性が高い特徴ですから、現在のVICEがVICE.comやYouTubeチャンネルをプラットフォームにしてお届けすることは必然的な手段だったのかもしれません。それでもなおマガジンが成し得る使命があるのです。フリーマガジン・VICEは「ジュブナイル」なのです。VICEを手に取り、ページを開いた瞬間、私たちは日常のあらゆる辛さや悩み、悲しみから解放され、自由をほしいままにしていたかつての青年時代にタイムスリップすることができるのです。これは「フリーが当たり前」「誰でも入手できる」デジタルの世界ではなかなか難しいことだと思います。
VICEは金銭を求めません。ただし、配布場所を公表していません。部数にも限りがあることから、誰もが手に入れられるものではありません。お金を出しても買えず、アンテナを敏感に張った人だけが手に入れられる。こうした入手体験からして、幼少時代の昆虫採集や魚釣りにも繋がるかもしれません。自力で捕まえた巨大な昆虫が何にも替えがたい宝石であったような。そのおかげで、雑誌としてのVICEは休刊から2年を数えてなお、復刊の声が絶えませんでした。その気持ちに応えるべく生まれたのが今回の「フォトイシュー」でした。
-- 刺激的な記事が多いですが、どのように生まれているのか、良かったら教えてください。
VICEに一貫した社訓や理念がある訳でもないので、これもまた私の主観が大きく入る答えになりますが、ひとつに「既存の価値観に振り回されないこと」です。〝右に倣え〟の日本では難しいことですが、ひとつひとつを自らの眼で評価すること。悪く言えば独断と偏見ですが、誰もが口にしないだけで、心の奥底にはそれぞれの人々の価値判断があるはずです。それがユニークさ(唯一性)であり、個性。そうした個性から生まれる記事や動画は、時にその道のプロすら凌駕するインパクトと破壊力を持ちます。
もうひとつは「挑発的であること」。それは良い意味でも悪い意味でもあるのですが、なにかしらの違和感を与えるエネルギーです。どちらかと言えば「ユーモア」に近い感覚だと思います。
-- いつかインタビューや取材をしたいモノや人などいますか?
インタビューという行為は対象の人物がいて成り立つものですから、インタビュアーが特別な人間である必要はありません。それこそ共通言語として、その人物絡みの固有名詞と歴史的背景さえ予備知識として持っておけば、会話のようにコミュニケーションするだけでインタビューは成り立ちます。ですから、「いつか」と思う前にはもう話を聞きに行っているのが実際かもしれません。
それにVICEは私1人ではありませんから、私がしたいことや会ってみたい人は、たいがい他国のVICEスタッフが実現しています。このことを前提に置いたうえで答えるなら「宇宙人」はどうでしょう? 宇宙船にも乗って、異星をルポしてみたいものです。
かつてVICE「映画特集号」で『ドキュメンタリーの危機』というエッセイを載せました。これは、なぜ人類がドキュメンタリー映像を撮り続け、それは誰に向けたものなのか?という素朴な疑問を紐解いていく内容でしたが、結論は「宇宙人に人類を説明するため」というものでした。或る種のユーモアとしてドキュメンタリーを皮肉った内容なのですが、この記事を読んで以来、時々思うのです。VICEはひょっとすると宇宙人が経営しているんじゃないか?と。そう考えれば、VICEがあらゆるコンテンツをフリーでバラ巻けるナゾも解けますね(VICEをやっていて一番訊かれるのがこの質問なのです)。VICEには地球規模の、なにか大きな使命が課せられるのかもしれません……。
http://www.vice.com/jp/read/docu-crisis-v6n3
--今後予定されているプロジェクトや次号について教えてください。
今回発刊した「フォトイシュー」日本版を2014年も検討しています。またYouTubeチャンネルでもこれまで以上に衝撃的な映像の発表がまだまだ控えていますので、チェックしてください。